今回は上海、北京を拠点に社会性の強い作品で年々注目される若い世代のアーティスト・金江波さんを取り上げた。
<上海の現代アート>
――以前はマルチメディアのデザイナーだったそうですね?
今もデザイナーの仕事もやっています。現代アートと関わるようになったのは全くの偶然で、大学(上海大学)でデザインの教師をしていたのですが、その関係で2002年に上海ビエンナーレに参加してみろという話になって作品を作りました。翌年にはベネチアのビアンナーレにも出品することになって、気がついたらアートをやっていた感じです。
――このインタビューは北京のアトリエ(環鉄)で行なっているのですが、いずれは上海から北京に拠点を移すのでしょうか?
北京にアトリエを借りたのは清華大学の博士課程に入ったため、北京にいる時間がどうしても長くなったからです。これからも上海を拠点にし続けようと考えています。
――北京と上海では現代アートの環境はどう違いますか?
今のところ北京の方が規模・人・形式の種類・機会とも多いと言えます。また北京は政治・文化の中心地なので権力志向がやや強いと思います。一方、上海は規模こそ小さいものの平均的な水準は高く、粒ぞろいです。
――90年代には現代アートと言えば北京が中心で上海は目立たなかったのですが、最近は上海でもビエンナーレが開かれたり、上海のアーティストが活躍したりと目立ってきていますね。
上海は中国の貿易・商業・金融の中心で、国際化という点では中国で最も進んでいる都市ですから、市場が強い影響力を持つ今の現代アートの趨勢からして、これからもっと現代アートが盛んになると思いますよ。
<社会から学ぶ>
――9月の上海ビエンナーレで出展した作品は、たくさんのパソコン画面を相手にチャットをして死にそうになった人を模型で作った装置作品ですね。エロチャットなどもあって、どれもオンライン状態でチャットが続けられたりと凝った趣向で、観客が大勢集まっていました。
チャットは今の中国で大きな社会現象です。便利な情報化社会の中で、一方で抱えてしまう負担や圧力の大きさを、何台もパソコンを立てて情報の波そのものとともに描いてみました。見に来てくれた市民の方々は人間の模型が実物そっくりだったのでパフォーマンスかと思って驚いたり、チャットの内容に興味を持ったりと、ごく自然に関心を持ってくれたと思います。特に子供が関心を持っていました。
――皮膚のがさがさした感じや無精ひげ、それに時折りかすかに息をするあたりがリアルでした。中国のアート作品は大雑把で細部の精巧さを重視しないところがあるように思えるのですが、この作品にしても金江波さんの作品は緻密だと思います。デザイナーとしての経験も活かされているのでしょうか?
いや、細部にこだわるのは私が心がけていることですが、デザイナーの経験と言うよりもむしろ、もう一つ私が心がけている現場に帰る創作態度、つまり社会に学ぼうということですね、そういうところから来ているように思います。中国の社会には美術の題材も含めた土壌が豊富にあると思うのですが、そのわりにアーティスト自身は現実をなかなか見ようとしていないのではないか。現代アートと関わる中でそのような思いが生じて、社会のごく些細なことも注視して美術を作っていこう、そして細かいことも忠実に描こうと思うようになりました。
――社会に学ぼうという話が出ましたが、一般に中国現代アートの世界では、60年代以前のアーティストは社会性が強くて個人を描いても集団の中の自分を描くようなところがあるのに対して、70年代生まれの人はそうした社会性が希薄な印象を受けるのですが、金江波さんの作品は一般的な傾向とは違って社会性を強く感じます。
よく60年代生まれは社会的影響を強く受け、80年代生まれは愛国心で団結している一方で、70年代生まれの人が最も社会から独立を余儀なくされた世代だと言われることがあります。ただ、そういうこととは別にアートをやる自分は社会をもっと見つめなければいけないと考えています。芸術を生み出すためには社会との関係を持たなくてはいけないのではないか、芸術だけでは芸術は生きていけないのではないか、芸術をやる上では社会のリサーチがたえず必要なのではないか、そんなふうに考えるようになりました。
――金江波さんと言えば、今回の作品でもそうですが、写真、ビデオをはじめいろんな表現形式を使うことも特徴に挙げられますね。
この点はマルチメディアのデザイナーである影響かもしれません。現代社会とアートを結ぶ媒介がニューメディアではないかと考えていろんな媒体で表現しています。
|