北京と上海で活躍、社会性の強い作品を発表=金江波さん

18. 二月 2010

北京と上海で活躍、社会性の強い作品を発表=金江波さん

コラムY!
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  今回は上海、北京を拠点に社会性の強い作品で年々注目される若い世代のアーティスト・金江波さんを取り上げた。

<上海の現代アート>

――以前はマルチメディアのデザイナーだったそうですね?

  今もデザイナーの仕事もやっています。現代アートと関わるようになったのは全くの偶然で、大学(上海大学)でデザインの教師をしていたのですが、その関係で2002年に上海ビエンナーレに参加してみろという話になって作品を作りました。翌年にはベネチアのビアンナーレにも出品することになって、気がついたらアートをやっていた感じです。

――このインタビューは北京のアトリエ(環鉄)で行なっているのですが、いずれは上海から北京に拠点を移すのでしょうか?

  北京にアトリエを借りたのは清華大学の博士課程に入ったため、北京にいる時間がどうしても長くなったからです。これからも上海を拠点にし続けようと考えています。

――北京と上海では現代アートの環境はどう違いますか?

  今のところ北京の方が規模・人・形式の種類・機会とも多いと言えます。また北京は政治・文化の中心地なので権力志向がやや強いと思います。一方、上海は規模こそ小さいものの平均的な水準は高く、粒ぞろいです。

――90年代には現代アートと言えば北京が中心で上海は目立たなかったのですが、最近は上海でもビエンナーレが開かれたり、上海のアーティストが活躍したりと目立ってきていますね。

  上海は中国の貿易・商業・金融の中心で、国際化という点では中国で最も進んでいる都市ですから、市場が強い影響力を持つ今の現代アートの趨勢からして、これからもっと現代アートが盛んになると思いますよ。

<社会から学ぶ>

――9月の上海ビエンナーレで出展した作品は、たくさんのパソコン画面を相手にチャットをして死にそうになった人を模型で作った装置作品ですね。エロチャットなどもあって、どれもオンライン状態でチャットが続けられたりと凝った趣向で、観客が大勢集まっていました。

  チャットは今の中国で大きな社会現象です。便利な情報化社会の中で、一方で抱えてしまう負担や圧力の大きさを、何台もパソコンを立てて情報の波そのものとともに描いてみました。見に来てくれた市民の方々は人間の模型が実物そっくりだったのでパフォーマンスかと思って驚いたり、チャットの内容に興味を持ったりと、ごく自然に関心を持ってくれたと思います。特に子供が関心を持っていました。

――皮膚のがさがさした感じや無精ひげ、それに時折りかすかに息をするあたりがリアルでした。中国のアート作品は大雑把で細部の精巧さを重視しないところがあるように思えるのですが、この作品にしても金江波さんの作品は緻密だと思います。デザイナーとしての経験も活かされているのでしょうか?

  いや、細部にこだわるのは私が心がけていることですが、デザイナーの経験と言うよりもむしろ、もう一つ私が心がけている現場に帰る創作態度、つまり社会に学ぼうということですね、そういうところから来ているように思います。中国の社会には美術の題材も含めた土壌が豊富にあると思うのですが、そのわりにアーティスト自身は現実をなかなか見ようとしていないのではないか。現代アートと関わる中でそのような思いが生じて、社会のごく些細なことも注視して美術を作っていこう、そして細かいことも忠実に描こうと思うようになりました。

――社会に学ぼうという話が出ましたが、一般に中国現代アートの世界では、60年代以前のアーティストは社会性が強くて個人を描いても集団の中の自分を描くようなところがあるのに対して、70年代生まれの人はそうした社会性が希薄な印象を受けるのですが、金江波さんの作品は一般的な傾向とは違って社会性を強く感じます。

  よく60年代生まれは社会的影響を強く受け、80年代生まれは愛国心で団結している一方で、70年代生まれの人が最も社会から独立を余儀なくされた世代だと言われることがあります。ただ、そういうこととは別にアートをやる自分は社会をもっと見つめなければいけないと考えています。芸術を生み出すためには社会との関係を持たなくてはいけないのではないか、芸術だけでは芸術は生きていけないのではないか、芸術をやる上では社会のリサーチがたえず必要なのではないか、そんなふうに考えるようになりました。

――金江波さんと言えば、今回の作品でもそうですが、写真、ビデオをはじめいろんな表現形式を使うことも特徴に挙げられますね。

  この点はマルチメディアのデザイナーである影響かもしれません。現代社会とアートを結ぶ媒介がニューメディアではないかと考えていろんな媒体で表現しています。

金江波さん:経済繁栄の裏にある「空白」感をアートに

18. 二月 2010

金江波さん:経済繁栄の裏にある「空白」感をアートに

コラムY18:55
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  「経済や経済と関連すること」に最大の関心があるという金江波さん。10月の中旬から11月初頭にかけてCBD地区にある墻美術館で行われた「BOOMING?繁栄?」展は、まさに金融危機を予知して準備されたかのような展覧会だった。「現在、とても繁栄しているように見えるマーケットでも、その裏には長年のバブルがあり、また現在の不動産市場の情況や金融危機が内包されている」と金さん。巨大な作品が荒涼とした「空白」感とともに併せ持つのは不思議な明るさ。その源を、インタビューを通じて探ってみた。

林静=文text・LINJING 張全=写真photo・ZHANGQUAN 作品写真は全て作家提供

――作品が取り上げている現象とは?

金 作品「経済大撤退」は、今年の3月に広東省の東莞で撮影しました。なぜなら、昨年の後半と今年の前半、東莞では多くの外資企業が中国から撤退したからです。

  これらの外資企業は当初、一種のポストコロニアル的経済システムの需要に駆られて中国を訪れ、彼らの新資本主義が必要とするものを実現させようとしました。中国を全世界における1つの製造基地とし、その廉価な労働力と安い資源に頼って、生産・製造を行ったのです。

  ポストコロニアリズムとは、グローバル化のスローガンの下で、その要求に応えるべく、改めて資源を配置するものです。以前の植民地政策のように、直接財産を略奪するものではありませんが、その擬制資本が現地の資源を略奪します。

  しかし現在の中国では形勢が変化し、多くの経済的環境や基本条件も変わりました。そこで彼らは、機敏に中国の現場を離れ、資源や労働力がより安い国へと撤退したのです。この事態の引き金となったのは、中国が新たな『労働契約法』を公布したことでした。

  この撤退はあまりに素早く行われたため、そこで生じたひずみも、大きなものでした。多くの従業員は全国各地から集ってきた人々でしたが、資本が撤退しても、彼らはまだ生活し続けなくてはなりません。これをどう処理するか、が問題となったのです。

――なぜ東莞にこだわったのですか? その特徴とは?

金 広東省は中国の改革開放の最前線でした。東莞の植民経済の歴史も比較的長いものです。外資企業の都市への資本投入は、そもそもピンポイント的なものでしたが、東莞はその典型でした。こういったタイプの都市は、全く基礎のない、文化的にも断絶された場所に建設されています。そして、ただ資本経済、植民経済のためにだけ奉仕する、特殊な層を形成してきたのです。

  その経済の産業モデルの特徴は、全て外来の資本から成立していること。民営の資本を中心とする浙江省には、現地出身の社長がいます。でも東莞では、人口の3分の2が地方出身者です。ですから、東莞で外資の撤退が起こると、現場にただよった悲壮感は、浙江のそれを上回っていました。なぜなら東莞では、後を引き継ぐ人が誰もいなかったからです。

  例えば台湾地区や香港地区の報道は、東莞の企業は1日に100社のペースで倒産していると伝えています。でもこれは、ある種の悲観的な観点を代表するものではありません。この事実により、我々は、今後の中国経済はどう進むべきかについて考え始めるようになるからです。以前の産業モデルを継続させることで社会の発展を支えるのか、それとも抜本的な調整を行うのか。つまり、元来の、環境資源を消耗し、安いマンパワーに依頼するやり方の代わりに、産業の新たな成長分野を持ってくるのか、を。

――経済の変化は人々の心理にどんな影響をもたらしたでしょう?

金 改革開放後、長い年月を経て、生活水準は上がり、国家全体の様相も30年前とは変わって、物質的に豊富になりました。しかしここで人々が得られる満足とは、外的な物質による経済上の満足です。長年の経済発展を経て、我々はある人を評価するとき、「この人は金持ちだ」と言うようになりました。これは、既に我々の社会における一般的な評価基準となっています。

  しかし、自然災害などに見舞われたとき、これらは全て重要ではなくなる。むしろ、文化や思想、信仰の落ち着く先がとても大事になります。我々は経済や財産に対する信仰を人生の信仰とすることはできません。自然災害を目の当たりにした後で、我々は自分たちの魂の安らぎについて考えるのです。

――展覧会が金融危機の発生と重なったことをどう感じますか?

金 経済の発展とは波型をたどるもので、ピークに達すれば必ず衰えます。当時、東莞で起こったのは局部的な衰退に過ぎませんでしたが、その後だんだんと蔓延しました。グローバルな金融危機の到来はもはや必然的でしたが、まさか、私の展覧と同時にやってくるとは、思いもかけませんでした。つまり現在、経済大撤退とは中国特有の問題ではなく、グローバルな問題となっている、ということでしょう。

金江波
profile
1972年浙江省生まれ。95年に上海大学美術学院の中国画学科を卒業。その後9カ月間日本に滞在し、マルチメディア関連の企業で研修する。2002年に同学院のデジタル・アート学科にて修士の学位を取得の後、教師として勤務。同学院のデジタル・アート・センターのデジタル・イメージ・アート室の主任を経て、2007年より清華大学美術学院情報芸術デザイン学科の博士生となる。多数のグループ展に出品するほか、個展としては2007年に深ロレ画院美術館にて『記憶共享』邱志傑、金江波ニュー・メディア芸術展、2008年に墻美術館で『BOOMING?繁栄?』を開催。